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神戸地方裁判所 平成6年(ワ)312号 判決 1996年3月12日

原告

佐賀久子

右訴訟代理人弁護士

神田靖司

大塚明

中村留美

右訴訟復代理人弁護士

内芝義祐

被告

合名会社安室商会

右代表者代表社員

安室精一

右訴訟代理人弁護士

土谷英和

荻野弘明

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

【当事者の求めた裁判】

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金七九九四万六七五〇円及びこれに対する平成三年七月一二日以降完済に至るまで年五%の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の申立て)

1 (主位的)本件訴を却下する。

2 (予備的)本件訴を千葉地方裁判所木更津支部に移送する。

(本安の申立て)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

【当事者の主張】

一  請求原因

1  亡安室アサ(以下「アサ」という)は被告会社の社員であり、

(1) 昭和二七年六月三〇日、被告会社の設立に伴い、原始的にその持分四分の一を取得し、

(2) 昭和五八年三月一六日、相続により亡安室省三(以下「省三」という)の持分四分の一を取得し、合計二分の一の持分を有していた。

2  平成三年七月一二日、アサは死亡し、被告会社を死亡退社した。

3  原告は、アサの相続人(長女)であり、相続割合は二分の一である。よって、原告は、アサの被告会社退社により生じる持分払戻請求権の二分の一を相続により取得した。

4  アサの相続税申告によれば、被告会社の純資産合計は、三億一九七八万七〇〇〇円とされている。

5  よって、原告は少なくともその四分の一である金七九九四万六七五〇円の持分払戻請求権を有し、その払戻履行期は退社時期であるアサの死亡時である。

よって、原告は被告に対し、持分払戻請求権に基づき、金七九九四万六七五〇円およびこれに対する平成三年七月一二日以後完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1項の事実は争う。

アサは、その持分が九〇〇分の一四〇となっているが、被告会社の名目上の社員であり、昭和二七年に被告会社が設立された時点での被告会社の資本金一〇〇万円は全額省三が出資したものである。

省三は被告会社を設立する前は千葉県酒類販売株式会社に勤務する会社員であったので、アサには独立した収入がなかった。

被告会社の定款に記載された省三以外の三人の社員およびその出資は名目的なものにしか過ぎなかったのである。

そして、その後の持分の移動・変更についても便宜的になされており、金銭的対価が支払われたことは一度もないのである。更に、省三が死亡した時点では、被告の持分を安室保三(以下「保三」という)が全て引き継いだのである。その時点で持分払戻による資本の減少はなされておらず、保三が実際に事業に携わっている者に名目上の持分を割り振ったのである。そのため、この時点ではアサの名目上の持分は反対に減っているのである。

2項の事実は認める。

3項の事実中、次の事実は認め、その余の事実は争う。

原告の法定相続分が二分の一であること。

現実の遺産分割については相続人間に争いがあり、千葉家庭裁判所木更津支部において、平成六年(家イ)第九五号遺産分割調停申立事件として継続中である。

尚、アサの相続人および相続関係は別紙相続関係図の通りである。

4項の事実中、次の事実は認め、その余の事実は争う。

相続税申告書の記載。

5項の事実は争う。

三  本案前の申立

1  主位的申立の理由

原告の請求の根拠たるアサの出資持分及びこれに基づく払戻し請求権はアサの遺産に属する。

遺産の分割は、遺産に属する物または権利の種類及び性質、各相続人の年令、職業等一切の事情を考慮してなすべきものとされ(民法九〇六条)、遺産分割の実行は、相続人間の協議によるものとし、共同相続人間に協議が調わない時は家庭裁判所が審判によって分割するものとされている(民法九〇七条、家事審判法九条乙類十号)。

相続が開始されたからといって、右出資持分が当然に分割されるものではなく、共同相続人間の協議または家庭裁判所の審判によらなければ、右遺産が何人に属するか、又は、如何なる範囲で帰属するか明らかでなく、先ず以て、遺産分割を実行するため遺産分割の協議を行うべきである。

従って、遺産分割の協議が行われるまでは、原告に原告適格がなく、家庭裁判所の専権事項で、通常裁判所には管轄権がないから、本件訴えは却下すべきである。

尚、東京地判平成七年三月一七日金融法務事情一四二二号三八頁に基づく主張は別紙被告の主張記載の通り。

2  予備的申立の理由

出資持分の払戻し請求が実質的には会社の一部清算であるが、合名会社の清算に関する事件は会社の本店所在地の地方裁判所の専属管轄である(非訟事件手続法一三六条)。被告会社の資産は全て被告会社の本店所在地ないしその周辺に所在することは明らかであり、その評価の必要あるときは本店所在地の地方裁判所が最も便宜であり、訴訟経済にも適する。元々法人の普通裁判籍は法人の主たる事務所の所在地の裁判所にあり(民訴法四条)、本件請求において民訴法五条の適用がないものである。

よって、本件は、被告の本店所在地を管轄する千葉地方裁判所木更津支部に移送すべきものである。

四  本案前の申立について

1  主位的申立は理由がない。

出資持分払戻請求権はアサの死亡を原因とはするものの、死亡により直接相続人に発生した権利であって、被相続人に発生した払戻請求権を相続したものではない。

又、仮に相続に準じて考えるとしても、民法八九六条によれば「相続人は相続開始の時から被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」のであって、分割前の権利行使が制限される理由はない。

更には、債権の共同相続においても、相続の開始と同時に民法四二七条によって当然分割されることは、大判大正九年一二月二二日民録二六輯二〇六二頁、大判昭和九年三月三〇日裁判例六民九二頁等により明らかである。

尚、東京地判平成七年三月一七日金融法務事情一四二二号三八頁に基づく被告の主張に対する原告の意見は別紙原告の主張記載の通り。

2  予備的申立は理由がない。

本件訴は会社の清算でないことは、原告の請求から明らかである。

又、被告の主張する清算事件は非訟手続であって、本件訴訟手続とはその性格を異にし、これに準用の余地はない。

又、法人の普通裁判籍がその主たる事務所にあることは被告主張の通りであるが、これは人の普通裁判籍を定めた民訴法二条と同じ性格である。そして、民訴法五条が同法二ないし四条の裁判籍とは別に並列的・選択的に定められている以上、被告の「本訴請求において民訴法五条は適用がない」との主張は、独自の主張で、採用の余地はない。

【証拠】

本件記録中の書証目録記載の通りであるから、これを引用する。

理由

一  先ず、被告の本案前の主張について判断する。

1  原告代理人は、被告の出資持分払戻請求権はアサの死亡を原因とはするものの、死亡により直接相続人に発生した権利であって、被相続人に発生した払戻請求権を相続したものではない。従って、遺産分割の対象とならない旨主張するが、持分の払戻請求権(八九条)は、退社社員の有していた財産権であり、帰属上の一身専属権ではないので、相続の対象たる財産であり、遺産分割の対象となる権利であることは明らかである(原告代理人も、原告の取得原因を相続と主張し、その持分取得割合を法定相続分に従って算出している)。

2  原告代理人は、被告の出資持分払戻請求権はアサの死亡を原因として、法律上当然に分割され、法定相続分に応じて権利を承継する(最判昭和二九年四月八日民集八巻四号八一九頁)旨主張するが、当裁判所は、前記東京地判と同様、右亡アサの出資持分払戻請求権は、次の理由により、当然に法定相続分に従って分割され、法定相続分に応じた具体的権利を取得するものではなく、遺産分割の協議(審判)が成立するまでは、各相続人は遺産全体について法定相続分について抽象的・潜在的な持分を有しているに過ぎないものと解すべきものと思料する。従って、原告の請求は理由がない(未だ遺産分割の協議(審判)が成立していないことは弁論の全趣旨に照らして明らかである)。

(1)  民法は「相続人は、相続開始の時から、被相続人に属した一切の権利義務を承継」し(八九六条)、「相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する」(八九八条)、「各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する」(八九九条)旨規定するが、他方で、遺産分割の基準として「遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年令、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする」旨規定し(九〇六条)、遺産分割が各相続人間に実質的公平が保たれるように行なわれるべき旨指示し、更に、その公平を確保するため、相続財産の分割手続として、共有物の分割手続(二五六条)とは別に、当事者間の協議ができないときは「家庭裁判所の審判」手続を設け(九〇七条二項、家事審判法九条一項乙類十号)、その手続中において法定相続分を各相続人の特別受益或いは特別寄与により変更されることを予定しており(九〇三条、九〇四条、九〇四条の二)、法定相続分はその後の遺産分割基準の出発点にすぎず、変更不可能な絶対的なものではないこと。

(2)  法定相続分により、遺産―特に分割債権が当然に法定相続分により分割帰属すると解すると、金銭その他の可分債権は相続開始と共に法律上当然に分割されたものとして、当然には遺産分割の対象にはならず、遺産分割の対象から除外されてしまい(実際、現実の実務もその様に解している―司法研修所編・遺産分割事件の処理を巡る諸問題二四五頁―原告代理人も認める処である)、遺産が可分債権しか存しない場合には、早く債務者に対して請求した者が勝ちとの結果を招来・是認することになり、右特別受益若しくは寄与分を考慮して具体的に各相続人間の公平を図ろうとする前記民法九〇六条、九〇三条、九〇四条、九〇四条の二の制度趣旨は全く没却され、前記遺産分割の基準及びその基準の下に図ろうとする相続法の理念が損われるだけでなく、一部の相続人からの相続分に応じた請求に対して債務者がこれに応じた後、法定相続分と異なる遺産分割がなされた場合には、債務者をも巻き込んだ深刻な法的紛争を惹起し、遺産分割手続の軽重を問われ兼ねないこと。

(3)  遺産として存する「現金」について「相続人は、遺産の分割までの間は、相続開始時に存し金銭を相続財産として保管している他の相続人に対して、自己の相続分に相当する金銭の支払を認めることはできない」(最判平成四年四月一〇日判時一四二一号七七頁)のに、その金銭を獲得するための法的手段に過ぎない可分債権につき相続開始時に当然に相続分により分割されるものと解するのはその法的扱いにつき法的均衡を失すること。

二  以上によれば、原告の本件請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官小林秀和)

別紙<省略>

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